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青年海外協力隊の正体

 

 

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人間が同じ人間として相手を見る。このことは、あたり前のことのようだが難しい。

あたり前だからこそ話題にもニュースにもならない。

教育の場でもマスメディアでも、国や人種が違えば、人間の中身も違っていると言った方が説得力を持つ。

「アフリカ人は、凄いですよ。辛いものを食べるし、人間だって食べます」なんて言った方がもっともらしく聞こえる。文化人類学者が他の民族を理解しようと、大和民族との差異を列挙すればするほど、皮肉にもわれわれの方は「自分たちとは違うんだ」と受けとってしまう。

かくして、異民族への誤解は膨らんでいく。

異民族との接触は、「人類皆同じ」という心境からスタートし、異質さを実感するカルチャーショックを通り、ヒトラーのように憎しみで「皆殺しだ」の心境に達し、やがて、「人間は同じなんだ」と いうあたり前のところに戻ってくるのかもしれない。

それは、チルチルとミチルが「幸せの青い鳥」は自分の家にいた、と最後に気づくのに似ている。チルチルとミチルは出発前とあとでは明らかに違っている。それは「しあわせ」を意識できるかどうかの違いなのだ。

そして、相手が自分と同じ人間だと意識したとき、ヘレン・ケラーのサリバン先生が、それまで障害児だという理由で甘やかされていたヘレン・ケラーに対し、同情ではなく人間としてごくあたり前の助言を与えたように、普通の言葉で相手に語ればいいのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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