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「いきあたりバッチリ」をモットー(?)とする映画監督、吉岡逸夫さんの作品にはいつも驚かされる。いい意味で「肩すかしを喰う」といった方があたっているかもしれない。ジャーナリズムが陥りやすいセンセーショナリズム、押しつけがましさ、まず結論ありきの誘導、予断と偏見を可能なかぎり排除し、そこでふつうに暮らす人びとの渦の中に飛びこみ、実際に見聞きしたことを、ほぼそのまま受け手の側に提示する。その映像を見て、どのように感じ、判断し、行動するかを、徹底的に受け手の側に委ねている。 「軍隊より日本の民間企業にきてほしいんだ」
「日本の軍隊が来たら、彼らは絶対に攻撃されるぞ」 「平和の為に来るんだって?いいんじゃない」 家族旅行ができるくらいに比較的治安状態が安定していた2003年夏時点で、取材したイラク人は三者三様の受け止め方をしているが、少なくとも、日本人が自分の頭で、自衛隊派兵の是非を考える材料になったに違いない。それでも『戦場の夏休み』は、イラクに暮らすふつうの人びとが、フセイン政権崩壊の前と後で、したたかにどう変わったか、どう変わっていないのか、戦争とは何か、民主主義とは何か、国家とは何か、自由とは何か、子どもの目に戦争はどう映ったのだろうかなど、見る人それぞれの問題意識を呼び覚まし、考えるきっかけを与えてくれるシーンが随所に散りばめられている。「いきあたり」だけれど「バッチリ」キメてしまう吉岡ワールドならでは、流石だと、やっぱり感心させられてしまう。(ACT新聞)

今日映画を拝見してまいりました。最初は「そんな小さな子を戦場に連れていくなんて・・・」という気持ちで見ていた私ですが、そんな親もいたっていいじゃないかってすっかり肯定派になっておりました。ニュースでは伝えきれないイラクの側面を伝えてくれた「戦場の夏休み」も偏りがちな私達の思考に風穴を開けてくれるものになるのではと感じました。(会社員・女性)

イラクについて語るためには必見の映画。大変貴重なお仕事を、しかも家族で成し遂げられたことはすごいことだと思います。(新聞記者・男性)

7歳にしてイラクへ連れて行ってもらった風美ちゃんがうらやましい。ご両親の決断は素晴らしいと思いました。新聞・テレビの報道とは異なるイラク、息遣いや肌の温かみまで感じました。(映画監督・女性)

一番具体的証言のかたちで知りたかったことに答えてくれた唯一の取材だと思います。こういう一大イベントになると記者たちは一般論で総括しがちですが、こういうときこそ個人を見つめる必要があるのでしょう。既得権益に連なる役人一家の娘のインタヴューがことさら興味深か
ったです。エリート家庭の立場からの率直な意見もそうですし、戦争に負けてから多くの人がフセインを悪く言い出したという観察も恐らくは正しいのではないでしょうか。そもそも人間の思いなど、すべての人の中でフセイン支持と不支持に割り切れているはずもなく、そういう人間の曖昧さをはっきりいうと示してくれる作品でした。こういう進行する現実をきちんと見つめる視点がないと、第2次大戦当時の日本人のふるまいを好戦的な人と反戦的な人に何のためらいもなく二分するような底の浅い描き方にドラマもドキュメンタリーも陥ってしまうのだと思います。(テレビ局勤務・男性)

先日「戦場の夏休み〜小学2年生の見たイラク魂」を拝見させて頂きました。映画を観て恥ずかしながら、私も戦争に対する意識が低かったなと痛感致しました。TVだけではやはり、戦争というものは分からないものなんですね。娘さんは貴重な体験をして、とても羨ましいです。最後、孤児院を尋ねた時のフミちゃんがどんどんいきいきとしていくのを見てとても感動しました。生きていく上で、人とのつながりはとても大切だということをフミちゃんと吉岡さん、イラクの人々に教えてもらった気がします。75分はあっという間でした。(デザイナー・女性)

全体的にとても自然体なところが逆にリアリティが感じられて素晴らしかったです。自分の母親やともに[反戦演奏]をした友達なども観に行ったようで、僕のところにも「教えてく れてありがとう!」というメールが送られてきました。 映画としても情報としても貴重な良い作品をありがとうございます!(パーカッショニスト・男性)

週刊金曜日3月19日号、東京新聞3月15日夕刊、朝日新聞3月22日朝刊でもご紹介いただきました。

 

 

 

映画 戦場の夏休み

       小学2年生の見たイラク魂

2004年 75分 監督・撮影 吉岡逸夫

 

 

 

プロフィール

著書

監督作品

 

     

前作「笑うイラク魂」の登場人物約10人を訪ねた。


全員に会うことができた。皆、家族共々無事だった。

その内の8人は、戦前、戦後で手のひらを返したように言うことが違った。

誰かが何かしてくれる。欧米の命令を待っているだけ。それが今の日本の外交、援助、報道の姿勢。

危機の中で、どう対処し、生き残るかは、現場でしか養えない。

2003年夏のイラクなら十分家族旅行できると判断した。

それを実証したかった。

娘は、予想を超える適応力を見せた。

現地食を食べ、友と遊んだ。泥棒の試練にも耐えた。

全く怖がらなかったのは不思議だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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